製造現場では多品種化、複雑形状、NG画像不足、規格変更への対応などにより、従来の画像検査だけでは運用負荷が大きくなるケースがあります。本記事では、実際の製造業向けPoC提案を匿名化し、Nsightがどのように検査方式を設計したかを紹介します。
今回の相談は、国内大手製造業から実際に持ち込まれた4つの課題が起点でした。既存のルールベース検査・エッジAIパッケージを導入していたものの、判定率が実運用に足る水準まで上がらず、運用を断念していたというのが最初の事実です。あわせて、対象製品は表面が凹凸のあるストライプ構造など複雑な形状を持ち、ルールベース処理では境界の位置合わせや層ごとの演算設定に手間がかかっていました。
さらに、NG画像を欠陥種類ごとに数十〜数百枚集める必要があり、その収集自体が負担になっていたこと、検査規格・閾値が変わるたびに再学習と再割り当てが発生していたことも、相談時点で確認された課題です。これらは提案側の想定ではなく、相談の起点となった現場の事実として提案書に記載されています。
ルールベースの外観検査でVLM(Vision Language Model)を検討する現場でも、すべての検査方式をゼロから見直す必要はありません。まず、何が難しかったのかを3つの観点に分けて整理します。
| 観点 | 従来方式の課題 | 本提案の対応 |
|---|---|---|
| ルールベース検査 | 検査領域と閾値を製品1枚ずつ手動で引く必要がある | 領域はざっくり指定し、閾値はNG種類ごとに共通化する |
| 単体AI(CNN分類) | 欠陥種別ごとにNG画像を用意しないと学習が始められない | 良品画像と欠陥定義書だけで着手し、NG画像0枚からでも候補抽出に進める |
| 実行環境 | クラウドAPI前提の構成が多く、画像を外部へ送信する必要が生じやすい | VLMを含めて全てオンプレミスで構築し、画像は社外に送信しない |
複雑形状(表面が凹凸のあるストライプ構造など)を持つ製品では、境界の位置合わせと層ごとの演算設定がルールベース処理だけでは手間になりやすい点も、今回の相談で挙がった課題でした。従来手法とVLMの使い分けの判断軸はVLMとCNN、外観検査でどちらを選ぶかで詳しく整理しています。
VLMを外観検査に使う場合でも、すべての判定をVLMだけに任せる必要はありません。寸法や面積など数値化できる項目はルールベースで判定し、意味理解が必要な分類にVLMを使い分けることで、判定根拠を明確にできます。これが今回の設計の中心的な考え方です。
役割分担は次の4つの視点で設計しています。
NG画像を大量に用意できない段階でも、良品画像から外れる領域を異常候補として抽出する役割に限定します。
寸法・面積などmm換算できる項目はルールベースの計測に任せ、AIの主観判断に依存させません。
定義書を読ませて検出対象の種類を仮に分類する補助役に限定し、最終判定の主体にはしません。
計測値と数値規格を突き合わせ、合否を確定します。判定根拠が数値として残るため、人が確認しやすい設計です。
この役割分担の狙いは、AIだけに最終判定を任せないことです。良品学習は「未知の異常候補を拾う」役割、VLMは「意味理解・分類補助」の役割と割り切り、最終的な規格判定は測定値と規格値の照合という、人が検証できる形に落とし込みます。
今回の提案では、検査工程を次の5段階に分けています。各段階が別々の技術要素を担うため、どこで何を判定しているかを追跡しやすい構成です。
| 段階 | 技術要素 | 内容 |
|---|---|---|
| 01 | ルール/前処理 | 検査領域の切り出しと確定除外 |
| 02 | 良品学習/異常検知 | NG画像なしで異常候補を拾う |
| 03 | ルール/計測 | 寸法・面積をmm換算 |
| 04 | VLM/種別の仮ラベル | 欠陥定義書を読ませて種別の仮ラベルを付ける |
| 05 | 規格/規格照合 | 計測値と数値規格を突き合わせて最終判定 |
前処理(01)と計測(03)はルールベースで数値を扱い、良品学習(02)とVLM(04)は候補抽出と分類補助という限定的な役割を担います。最終判定(05)は常に数値規格との照合で行うため、AIの出力そのものが合否になるわけではありません。
NG画像を欠陥種類ごとに数十〜数百枚集めるのは、多くの現場で負担の大きい作業です。今回の設計では、良品学習(異常検知)を起点にすることで、NG画像が0枚の段階からでも異常候補の抽出に着手できることを狙いとしています。
PoC提案書では、提供データを1,500枚規模と想定し、「NG画像がない状態からでも検証できます」という前提で設計を進めています。ただし、これは着手できることを示す設計上の前提であり、検出精度そのものは対象製品の形状や欠陥の見え方によって変わるため、実際の精度は現物サンプルでの検証を通じて確認する必要があります。NG画像が少ない場面での対策全般はNG画像が少ないときの対策5つで整理しています。
従来のルールベース検査では、規格や閾値が0.5mmから0.3mmに変わるような場合でも、再学習と再割り当てが必要になりがちでした。今回の設計では、判定を計測値と数値規格の照合で行うため、閾値の変更は規格側の数値を更新するだけで対応できる可能性があります。
同様に、品種が追加された場合も、検査領域はざっくりとした指定で済み、層ごとの境界調整を前提にしない設計です。PoC提案書では、この設計により品種追加時の設定工数を従来パッケージ比で1/10以下にできると見込んでいますが、これは当社推定・提案時の設計値であり、実測された削減率ではありません。実際の工数削減は、対象製品と運用体制によって変わるため、PoCで確認すべき指標の一つです。
今回の提案では、VLMを含む検査工程全体をオンプレミスで構築し、検査画像を外部へ送信しない構成を前提としています。クラウドAPIを前提とした構成が一般的な中で、VLMを検査工程に組み込みながらも画像を社外に出さない設計は、今回の技術設計における重要な特徴の一つです。
取引先から預かった図面や製品画像など、機密性の高いデータを扱う製造業では、クラウドAIの適用範囲を狭めたいという相談が起点になることがあります。ただし、オンプレミス構成にすれば情報漏えいが起きないと保証されるわけではありません。運用設計・アクセス権限・ログ管理など、外部送信を避けること以外にも検討すべき要素は残ります。オンプレミスAIの検討軸全般はローカルLLM・オンプレミスAI導入の判断ポイントで整理しています。
Nsightが手掛けた別の外観検査導入では、従来は既存パッケージが検査に使えず未活用のまま、検査員2名がフル対応していたという状態から、AIが検知・分類を代行し、人は判定確認と他工程に回れる体制へ実際に切り替わっています。これは試算ではなく、稼働している検査工程の運用実態です(詳細は匿名化した別の自動車部品外観5分類検査事例で紹介しています)。
今回の相談も、同じ「既存方式が実運用の判定率に届かず断念していた」という出発点を持つ案件であり、Nsightが良品学習・ルール計測・VLMを組み合わせて設計を提示した背景には、こうした運用置き換えの実例があります。ただし、今回の相談先で同等の運用転換が実現するかは、対象製品固有の検証を経て確認する必要があります。
PoC提案書には、1枚あたりの処理時間0.2秒、1,500枚を約5分で処理するという想定値が記載されています。これらは提案時点の設計目標であり、特定ハードウェア構成・対象製品を前提とした試算値です。実測値ではありません。実際の処理時間は、画像サイズ・GPU構成・検査項目数によって変わるため、PoCで実測する対象です。
費用対効果についても、PoC提案書には年間385万円相当・2年以内に回収という例示計算が含まれていますが、これは今回の相談先の数値ではなく、検査体制2名・人件費1,500円/時間・年6品種の設定工数という別の条件を仮置きした算定方法の例示です。実際にどの程度の工数を削減できるかは対象の製品・体制によって変わるため、PoCでの実測が前提になります。
提案段階の設計値を実績に変えるには、PoCで何を測るかを事前に決めておく必要があります。本記事の提案でPoCの提出物として想定されていたのは、次の3点です。
PoCの評価は、検出率だけでなく、良品学習で拾った候補のうち実際に有効だった割合、VLMの仮ラベルが最終判定にどこまで寄与したか、規格照合の判定根拠が現場の基準と一致するかを合わせて確認することが望ましいと考えられます。
Nsightは、良品学習・ルール計測・VLMを組み合わせた外観検査AIを、オンプレミス構成を含めて設計・導入しています。多品種・複雑形状・NG画像不足といった制約は現場ごとに異なるため、本記事の設計をそのまま当てはめるのではなく、対象製品の形状・欠陥の見え方・現状の検査体制を確認した上で、PoCの評価項目を個別に設計することを基本としています。
多品種外観検査の基本的な考え方は多品種検査でVLMが効く理由、外観検査AI全般の導入判断はVLM活用の全体像もあわせてご確認ください。
AIだけに最終判定を任せず、数値で判断できる項目はルールで判定するためです。良品学習は未知の異常候補を拾う役割、VLMは意味理解や種別の仮ラベル付けを補助する役割に限定し、最終的な合否は計測値と数値規格の照合で決めます。役割を分けることで、判定根拠を人が確認しやすい設計になります。
良品学習(異常検知)を起点にすることで、NG画像が0枚の段階からでも異常候補の抽出に着手できる設計は可能です。ただし実際の検出精度は、対象製品の形状・欠陥の見え方・現物サンプルによる検証を経て初めて確認できるものであり、着手できることと精度が出ることは分けて評価する必要があります。
本記事の設計では、VLMは定義書を読んで検出対象の種別を仮ラベル付けする補助的な役割に留め、最終判定には使っていません。寸法や面積など数値化できる項目はルールベースの計測結果を数値規格と突き合わせて判定します。VLMの判定だけを最終合否に使う構成は、判定理由の説明性の観点で別途の検証が必要です。
判定を計測値と数値規格の照合で行う設計であれば、閾値の変更は規格側の数値を更新するだけで対応でき、モデルの再学習が不要になる可能性があります。これは従来のルールベース検査で境界位置や層ごとの演算設定を都度調整していた負担を軽減する狙いですが、対応範囲は欠陥の種類や検出方式によって異なるため、個別に確認が必要です。
本記事で扱う設計は、VLMを含めた検査工程全体をオンプレミスで構築し、検査画像を外部へ送信しない前提です。取引先から預かった図面や製品画像の機密性が理由でクラウドAIの利用範囲を狭めたい製造業では、検討軸の一つになります。
はい。相談の起点は、既存のルールベース検査・エッジAIパッケージを導入していたものの判定率が実運用の水準に届かず、運用を断念していたという実際の事実です。想定や仮説ではなく、相談時点で確認された課題として提案書に記載されています。