導入の背景と課題
「NGで弾く」だけでは品質は上がらない
本事例は、国内大手自動車部品メーカー様のスピーカー外観検査工程です。スピーカー製品は、車内の音響品質を左右する重要部品で、表面のキズ・打痕・異物付着は商品価値に直結します。従来の検査は目視+ルールベース画像処理を組み合わせ、OK/NGの二値判定で流出を防ぐ運用でしたが、経営視点では以下の課題を抱えていました。
NG品の原因分析ができない
二値判定では「なぜNGが発生したか」がデータ化されず、工程改善のサイクルが回りにくい状態。NG率の推移はわかっても、「どの工程で」「どういう種類のキズが」発生しているかは、現場の経験知に依存していました
同じ「NG」でも意味が違う
出荷できない重大欠陥と、手直しで修正可能な軽微キズを区別できないため、すべて同じ不良品として処理されてしまい、歩留まり改善の余地が見えませんでした
熟練検査員の属人知が継承されない
キズの種類・原因推定は検査員の経験に依存しており、担当者が変わると判定基準も微妙にブレる構造。品質データの連続性が保てない課題がありました
サプライチェーン全体での情報共有の欠如
自動車部品は多段階のサプライチェーンで製造されるため、どの工程で発生したキズかを追跡できないと、根本原因対策が打てません
経済産業省「ものづくり白書」でも、製造業のDX推進において「検査データの活用による予防保全・工程改善」が重要テーマとして挙げられています。単に不良品を排除するだけでなく、検査データを次の改善アクションの起点にする設計が求められています。
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2023/
Nsightのアプローチ
二値判定を5カテゴリに拡張し、検査を改善データに
Nsightは、従来のOK/NG二値判定を5カテゴリ分類に拡張するアプローチを採用しました。各カテゴリは、発生原因の推定が付いた形で定義されており、検査データをそのまま工程改善のエビデンスとして活用できます。
- 5分類の設計:①軽微キズ(手直し可能)②深刻キズ(排出)③打痕(工程要因の可能性)④異物付着(環境要因)⑤変色・ムラ(材料・工程要因)。カテゴリ定義は顧客の工程特性に合わせてカスタマイズします
- マルチクラスAI判定:従来の二値CNNではなく、マルチクラス分類モデルを採用。各欠陥に対して「種類」「信頼度」「位置」をセットで出力します
- VLMによる教師データ生成:5カテゴリ × 多品種 × 多数サンプルの教師データを人手で揃えるのは困難。VLMが良品画像から各カテゴリの仮想NG画像を生成することで、短期間での学習立ち上げを実現
- 改善ダッシュボード:カテゴリ別の発生頻度・位置分布・時系列推移をダッシュボード化。品質管理・工程改善のPDCAを回せるデータ基盤を提供
実機の検査画面(イメージ)
スピーカーユニットの外観画像を解析し、5カテゴリのいずれかで判定。欠陥位置と種類を個別に記録します。
※実機画面のイメージです。カテゴリ定義・ワークフロー連動は顧客の工程特性に合わせてカスタマイズします。
導入効果
検査方式の比較:自動車部品の分類判定
| 観点 | 目視+分類記録 | OK/NG 二値AI |
汎用マルチクラスAI | Nsight Edge (VLM+5分類) |
|---|---|---|---|---|
| 分類の細かさ | 検査員依存 | 2値のみ | 任意クラス数 | 5カテゴリ(設計自在) |
| 分類基準の一貫性 | 属人的にブレる | 一貫 | 一貫 | 一貫 |
| 教師データ準備 | — | OK/NGのみ | 各カテゴリ数千枚 | VLMが自動生成 |
| 工程改善データとの連動 | 手動記録 | 2値では不十分 | クラス別集計可 | ダッシュボード標準提供 |
| サプライチェーン連携 | 連携困難 | NG率のみ | データ連携要設計 | 標準API連携 |
| 歩留まり改善への寄与 | 検査員次第 | 見えない | データ分析可 | 原因工程まで追跡 |
自動車業界は品質データの連続性・追跡可能性(トレーサビリティ)が厳しく求められる業界です。Nsight Edgeの5分類判定は、単なる検査の高精度化にとどまらず、サプライチェーン全体の品質データ基盤として機能します。
技術的ポイント:分類判定の設計と運用
5カテゴリの設計が現場の打ち手を決める
マルチクラス分類の精度以前に重要なのがカテゴリ設計です。カテゴリは「AIが判定できる粒度」であると同時に「現場が次のアクションを取れる粒度」でなければ意味がありません。Nsightでは、導入前のヒアリング段階で「この欠陥を検出したとき、現場ではどういうアクションを取るか」を工程責任者と一緒に洗い出し、アクションが分岐するカテゴリを5つに絞る設計を行います。カテゴリが多すぎるとAI精度が落ち、現場も迷います。少なすぎると改善の打ち手が見えません。このバランスを取るのがコンサルティング的な価値の核です。
VLMによる多カテゴリ教師データ生成
5カテゴリ × 多品種 × 十分なサンプル数の教師データを実際に集めるのは困難です。特に「稀にしか発生しない欠陥カテゴリ」は、1年かけても数十枚しか集まらないことがあります。NsightはVLMに「この製品の打痕はこういう見え方をする」「この位置にこういう異物が付く」という知識を与え、カテゴリごとの仮想NG画像を大量生成。実データが少ない段階でもマルチクラス学習を立ち上げられます。
改善ダッシュボードと工程連携
検査結果はNsight Edgeから標準APIで出力され、顧客側の品質管理システム(SQCシステム)・ERP・MES等と連携可能です。ダッシュボードではカテゴリ別のヒートマップ(発生位置分布)、時系列推移、ロット別発生率を可視化し、品質会議でそのまま使える形にデータを整えています。Nsightはソフトウェアだけでなく、運用ルール設計まで伴走支援します。
自動車業界のトレーサビリティ要件への対応
自動車部品は、IATF 16949 等の品質マネジメント規格に基づくトレーサビリティが求められます。Nsight Edgeの検査データは、製品個体ID・検査時刻・カテゴリ・位置情報を紐付けて永続保存。規格要求に応えつつ、将来の品質問題発生時にも迅速な原因究明ができる設計です。
開発エンジニアからのコメント
「自動車部品業界の検査は、単に『品質を守る』だけでなく『改善データを残す』という二重の役割を担っています。OK/NG二値判定で止まってしまうと、AIは単なる『目視の置き換え』にしかなりません。分類を1段階増やすだけで、検査データが『排除の記録』から『改善の材料』に変わる。この視点の切り替えが、製造業のAI活用を次のステージに押し上げる鍵だと考えています。キーエンス時代にも同じ思想で検査機を作ってきましたが、VLM時代ではそれがより低コスト・短期間で実装できるようになりました。」