導入の背景と課題
熟練検査員への依存と、多品種化の板挟み
本事例は、国内大手製鉄会社様の電極製品ラインにおける外観検査・寸法測定・刻印OCRの自動化プロジェクトです。電極製品は、鋼材・電気設備・電気炉などの中核部品として高い品質が求められる一方、形状・寸法・刻印のバリエーションが多く、検査工程は経験豊富な熟練検査員に依存していました。
経済産業省「ものづくり白書」が指摘する通り、製造業の熟練技能者の高齢化と若手の入職減により、検査工程の技能継承は鉄鋼業界全体の構造課題となっています。加えて、電極製品の検査現場では以下の課題が重なっていました。
高温・粉塵環境での撮像の難しさ
熱間圧延工程直後の製品表面は高温で熱ゆらぎが発生し、カメラ映像が揺らぎます。加えて粉塵・スケール(酸化皮膜)が撮像品質を劣化させ、画像処理の前段階で精度が落ちやすい環境でした
反射の強い金属表面
金属面は光の当て方で見え方が大きく変わり、表面欠陥の検出に最適な照明条件が製品種類ごとに異なります。従来の画像処理では、照明条件の設計に熟練が必要でした
刻印OCRの難しさ
金属刻印は擦れ・反射・汚れで可読性が落ちやすく、従来の文字認識では誤読率が業務に耐えられない水準になることがあり、目視補完が常態化していました
外観検査と寸法測定の分離運用
外観はルールベース画像処理、寸法は三次元測定機、刻印は目視、というように検査が3系統に分かれており、工程統合・データ統合の障壁が高い状況でした
https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2023/honbun_pdf/pdf/honbun01_01_01.pdf
Nsightのアプローチ
3つの検査を1台のNsight Edgeに統合
Nsightは、外観検査・寸法測定・刻印OCRという3つの異なる検査タスクを、1台のNsight Edgeに統合する設計を採用しました。カメラ・照明・AIモデルをタスクごとに最適化しながら、判定ロジックとデータフローは1つのエンジン上で管理することで、従来の3系統運用を一元化しています。
- 外観検査:表面の傷・打痕・スケール不良をCNNベースのセグメンテーションで検出。VLMで教師データを自動生成し、多品種の欠陥パターンを短期間で学習
- 寸法測定:校正済みカメラによる2D画像から、電極の長さ・径・肉厚等の主要寸法を画像計測。三次元測定機より高速で、生産ラインのタクトに追従
- 刻印OCR:VLMが刻印の文字を文脈込みで判定。擦れ・反射・汚れがある刻印でも、マスターデータとの意味的照合で正誤を判断
- PLC連携:判定結果をリアルタイムでPLC側に渡し、NG品の自動排出・CSV出力・生産管理システムとの連動までを自動化
熱・粉塵環境に対応する撮像設計
高温・粉塵環境では、カメラ・照明・制御機器すべての筐体設計と冷却設計が検査品質を左右します。Nsightは元キーエンス画像処理事業部で培った防塵筐体・エアパージ・冷却ジャケットのノウハウを応用し、工程直近にカメラを設置できる撮像ユニットを設計。撮像ポイントを工程のできるだけ上流に置くことで、NG検出後の工程リソース無駄遣いを最小化しています。
実機の検査画面(イメージ)
外観・寸法・刻印の3検査を1画面に統合したダッシュボード。各電極に対して3つの検査項目を同時判定し、どれか1つでもNGになれば下流工程で自動排出されます。
※実機画面のイメージです。本番環境では顧客側のマスターデータ・PLC設定に合わせてレイアウトをカスタマイズします。
導入効果
検査方式の比較:鉄鋼業の電極検査
鉄鋼業の電極検査における4方式を、熱・粉塵環境での耐性と多品種対応の観点で比較します。
| 観点 | 目視+三次元 測定機 |
ルールベース 画像処理 |
汎用AI 画像検査 |
Nsight Edge |
|---|---|---|---|---|
| 熱・粉塵耐性 | 高(人間の判断) | 撮像品質に左右 | 学習データ依存 | 防塵筐体+撮像設計 |
| 外観・寸法・OCRの統合 | 3系統分離 | 個別システム統合 | 個別モデル連携 | 1システム統合 |
| 多品種対応 | 熟練者次第 | テンプレート都度更新 | 品種ごとに学習 | 即日切替 |
| PLC/生産管理連携 | 手動転記 | 個別実装 | 個別実装 | 標準連携 |
| 熟練者への依存 | 極めて高い | 設計時に必要 | データ整備時 | 低(継承可能な仕組み) |
| 検査スピード | 遅 | 速 | 中 | 0.2秒/個 |
技術的ポイント:高温・粉塵環境での撮像設計
熱ゆらぎ対策と同期撮像
高温製品の周囲には陽炎のような熱ゆらぎが発生し、カメラ画像が微小に歪みます。Nsightは短時間露光+高速ストロボ照明の組み合わせにより、熱ゆらぎの影響を受ける時間を数ミリ秒オーダーまで短縮。これにより、移動中の製品でもブレのない鮮明な画像を取得できる設計です。また、撮像タイミングをコンベア速度・工程タクトに同期させ、検査対象が最も撮りやすい位置・姿勢に来た瞬間にシャッターを切る仕組みを組み込んでいます。
粉塵・スケール対策
工場環境特有の粉塵・スケール(酸化皮膜)は、レンズ表面への付着で撮像品質を長期的に劣化させる原因です。Nsightでは、エアパージ機構付きの防塵筐体と交換が容易な前面保護ガラスを採用し、定期メンテナンスの手間を最小化しています。保護ガラスは工場側の保全チームが標準部品として交換できる設計で、運用の自走性を担保しています。
金属面の欠陥検出とVLM教師データ生成
金属表面の傷・打痕・スケール不良は、発生頻度が低い上にサンプル収集が難しく、従来AIでは教師データ不足で学習が進みにくい領域でした。NsightはVLMの活用により、良品画像から不良パターンを推論し、仮想NG画像を自動生成。現場で実際に発生していない微細欠陥パターンにも事前に対応できるモデルを短期間で構築しました。VLMは学習フェーズでのみ利用し、本番推論はCNN+ルールベースで0.2秒/個の速度を維持しています。
刻印OCRの文脈照合
電極製品の刻印は、製造ロット・品番・製造日などの組み合わせで構成されます。VLMはラベル全体を意味的に解釈し、「この位置にこの桁数の数字はあり得るか」「品番フォーマットとして妥当か」といった文脈制約を内部で適用。擦れや反射で一部の文字が判読困難な場合でも、マスターデータとの照合により総合的に正誤を判定します。
開発エンジニアからのコメント
「鉄鋼現場の画像処理は、オフィスで使うカメラとはまったく別物です。熱ゆらぎ、粉塵、振動、強い反射──これら全部が同時に襲ってくる。AIモデルの賢さ以前に、入力画像を『きちんと撮る』ための設計が9割を決めます。キーエンス時代に多くの鉄鋼現場に足を運んで学んだことは、結局のところ『現場に行って撮ってみないとわからない』という当たり前の事実でした。Nsightの強みは、AIだけでなくこの泥臭い撮像設計まで一貫して設計できる点にあります。」