HEALTHCARE

医療・介護・調剤でAIエージェントに任せられること|事務負担を軽くする

医療・介護・調剤の現場は、慢性的な人手不足のなかで記録・申し送り・問い合わせ対応・シフト調整といった「本来のケア以外」の事務に大量の時間を奪われています。要配慮個人情報を守りながら、AIエージェントに何をどこまで任せられるのか。過度な期待でも過度な警戒でもなく、現場の手触りで整理します。

2026-07-17 / 最終更新 2026-07-17 / 監修:嶋野(元キーエンス画像処理事業部 開発エンジニア)/ 読了時間:約13分
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医療・介護・調剤の事務負担は、記録・申し送り・問い合わせ一次対応・シフト作成・過去事例の検索など「定型だが判断も要る」業務に集中しています。AIエージェントはこれらの下書き・候補出し・検索を担い、人が確認・確定する役割分担が現実的だと考えられます。
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扱う情報の多くは要配慮個人情報にあたるため、外部サービスに素のまま送らない「閉域運用」が前提になります。院内・施設内・薬局内に閉じた環境でAIを動かす設計が、導入可否を左右する論点になりうると考えます。
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最初から全面自動化を狙うのではなく、負担の大きい一業務を切り出し、自施設の実データで小さく検証することが出発点です。効果は現場・現物での検証を経てはじめて見えてくるものだと考えます。
― 目次
  1. 背景と課題
  2. 任せられる業務の整理
  3. 閉域運用という前提
  4. 設計の考え方
  5. 現場での運用
  6. 落とし穴と限界
  7. 無理のない進め方
― 01 / 背景と課題

ケアの時間が事務に食われている

医療・介護・調剤の現場に共通するのは、「人にしかできないケア」に使いたい時間が、記録・報告・調整といった事務に絶えず削られている構造です。高齢化の進行と担い手不足が同時に進むなか、一人あたりが抱える利用者・患者の数は増え、一方で記録の様式や説明責任は年々細かくなっています。制度改定のたびに新しい加算要件や様式が加わり、現場は「ケアの質を上げる」前に「決められた書類を落とさない」ことに神経を使う状況が生まれがちです。

介護の現場であれば、日々の介護記録・申し送り・ヒヤリハット報告・ケアプランの更新。医療であれば、看護記録・カンファレンス資料・紹介状や各種文書の下書き。調剤薬局であれば、服薬指導の記録・在庫や問い合わせの対応・監査対応の書類整理。業種は違っても、「観察したことを、決まった形式の文章に起こし直す」作業が一日の相当な割合を占めている点は驚くほど似ています。

人を増やせないから、業務の形を変えるしかない

根本にあるのは、募集をかけても人が集まりにくいという需給の問題です。処遇改善の取り組みは続いていますが、それだけで人手不足そのものが解消するわけではありません。だとすれば、限られた人手で回すために「一人ひとりの事務作業をどう軽くするか」を考えることは、経営としても現場としても避けて通れないテーマになりつつあります。ここに、AIエージェントを含む業務の作り替えが解の一つとして検討され始めている背景があると考えられます。

― 02 / 任せられる業務の整理

AIエージェントに向く仕事・向かない仕事

まず押さえたいのは、AIエージェントは「人の代わりに判断して責任を持つ道具」ではなく、「人が判断するための下ごしらえを速くする道具」として置くのが現実的だという点です。医療・介護・調剤では最終的な判断と責任は必ず有資格者・現場の人が負います。その前提のうえで、どの工程を任せると負担が軽くなるかを切り分けます。一般論としてAIに任せられる業務は、繰り返しがあり、材料が揃っていて、出力を人が確認できるものほど向いています。

記録・申し送りの下書き

箇条書きのメモや音声で吹き込んだ内容を、決まった様式の記録文へ整える作業は、AIエージェントが下書きを作りやすい領域です。たとえば「今日の様子」を短くメモしておけば、介護記録や看護記録の体裁に沿った文章の草案を出し、担当者はそれを読んで事実確認と加筆修正だけを行う、という分担が考えられます。申し送りも、日中に蓄積したメモから夜勤への引き継ぎ要点を先に整理させ、人が抜け漏れを補う形にすると、ゼロから書く負担は下がりうると考えます。ただし下書きはあくまで下書きで、事実と異なる記述が混じっていないかの確認は人が必ず行う前提です。

問い合わせの一次対応

「面会は何時から可能か」「持ち物は何が必要か」「加算や料金の一般的な考え方」といった、答えが決まっている定型的な問い合わせは、院内・施設内の資料をもとにした一次回答の下書きにAIエージェントを使える余地があります。電話やメールの一次案内文を用意させ、スタッフが内容を確認して送る、あるいは職員向けに「この質問への標準的な回答はこれ」を即座に引ける、といった使い方です。個別の医療判断・服薬判断・容態に関わる問い合わせは一次対応の対象外とし、必ず有資格者につなぐ線引きが欠かせません。

シフト作成の補助と過去事例の検索

シフトは、資格要件・夜勤配置・希望休・公平性など制約が多く、ゼロから組むと管理者の大きな負担になります。AIエージェントに制約条件を渡してたたき台を複数出させ、管理者が現場感覚で選び直す形なら、白紙から悩む時間を減らせる可能性があります。また、過去の似た事例——「以前この状態のときどう対応したか」「同種の問い合わせに過去どう答えたか」——を蓄積データから探す検索補助も有力です。これは社内ナレッジをAIの脳にする発想に近く、施設に眠る記録を再利用可能な資産に変えていく方向だと考えられます。

― 03 / 閉域運用という前提

要配慮個人情報を外に出さない

医療・介護・調剤で扱う情報の多くは、病歴・障害・要介護状態などを含む「要配慮個人情報」にあたります。これらを一般的な外部AIサービスへ素のまま入力することには、情報が事業者側に渡る・保存される・学習に使われうるといった懸念がつきまといます。安全管理措置や本人同意の観点からも、現場が安心して使うためには「情報を外に出さない」構えが出発点になると考えます。個人情報の取り扱いの具体的な要件は、個人情報保護委員会や所管省庁の最新のガイドラインでご確認ください。

院内・施設内・薬局内に閉じて動かす

そこで検討されるのが、AIを施設内のネットワークに閉じた環境で動かす「閉域運用」です。データを外部に送信せず、施設内のサーバーやエッジ端末で処理を完結させる設計であれば、要配慮個人情報を外に出さずにAIエージェントを使える余地が生まれます。考え方の全体像は閉域で安全な社内AIとして整理していますが、要は「便利さのために情報を差し出す」のではなく、「情報は手元に置いたまま便利さを取りに行く」という順序です。

閉域にするとクラウドの大規模モデルほどの性能は使いにくくなる、という制約は正直にあります。ただ、記録の下書きや定型問い合わせの整理といった業務は、超巨大モデルでなくても実用に足りることが多いと考えられます。どこまでを閉域で完結させ、どこからは匿名化・要約したうえで外部を併用するのか——この線引き自体が、医療・介護・調剤での設計の勘所になりうると考えます。

― 04 / 設計の考え方

「置き換え」ではなく「下ごしらえ」で組む

設計の基本方針は、業務を丸ごとAIに置き換えるのではなく、各業務を「材料集め → 下書き生成 → 人の確認 → 確定」という工程に分け、真ん中の重い部分だけをAIに担わせることだと考えます。最終確認と確定を人が握り続けることで、責任の所在が曖昧にならず、現場も安心して使えます。逆に、確認できない形で自動確定させる設計は、医療・介護・調剤では避けるべきだと考えられます。

入力をどう集めるか

AIエージェントの出力品質は、渡す材料の質でほぼ決まります。手書きメモ・音声・既存の記録様式・施設独自のルール文書などを、どう手間なくAIに渡すかが設計の中心になります。たとえば音声入力を組み合わせれば、手が離せない介護・看護の現場でも「話しておけば下書きになる」流れを作れる可能性があります。ここで無理に全工程をデジタル化しようとすると現場が疲弊するため、既存のやり方に寄り添って一部だけ変える発想が現実的です。

施設ごとの様式・ローカルルールを学ばせる

記録様式や言い回し、加算に必要な記載項目は施設ごとに異なります。汎用のAIをそのまま使うより、自施設の過去記録・マニュアル・よくある質問を参照させることで、出力が現場の実態に近づきます。これは前述のナレッジ活用と表裏一体で、「うちのやり方」をAIに教え込むほど、下書きの手直し量が減っていくと考えられます。ただし、参照させるデータに誤りや古い情報が混じっていると、それがそのまま出力に反映されるため、元データの整備が地味に効いてきます。

― 05 / 現場での運用

使う人が疲れない仕組みにする

どれだけ良い仕組みでも、現場スタッフが「余計な操作が増えた」と感じれば続きません。運用設計では、AIエージェントを既存の業務の流れに溶け込ませ、覚えることを最小限にすることが重要だと考えます。専用の難しい画面を新設するより、すでに使っている入力の延長で下書きが出てくる、といった自然さを目指すほうが定着しやすいと考えられます。

確認のルールを先に決める

AIの下書きを誰が・どの観点で確認して確定するのか、という運用ルールは、導入前に決めておくべき事項です。「事実確認は担当者、様式チェックはリーダー」のように役割を分け、AIの出力を鵜呑みにしない文化を最初に作ります。特に医療・介護・調剤では、事実と異なる記録は重大な問題につながりうるため、確認工程を省略しない設計思想を全員で共有しておくことが欠かせません。

使いこなす人を内部に育てる

導入後に効いてくるのが、施設の中に「AIをどう使うか分かっている人」がいるかどうかです。プロンプトの工夫や、うまくいかないときの切り分けを現場で判断できる人がいると、活用の幅が自走的に広がっていきます。外部に任せきりにせず、職員自身がAIとの付き合い方を学ぶAI研修を組み合わせることで、一過性の導入で終わらせず、日々の改善が回り続ける状態に近づけると考えます。

― 06 / 落とし穴と限界

正直に押さえておきたいこと

AIエージェントは万能ではありません。医療・介護・調剤で検討する際に、あらかじめ知っておきたい限界と落とし穴を挙げます。ここを直視せずに「AIで全部楽になる」と期待すると、かえって現場が振り回されます。

これらは「だからやめておく」理由ではなく、「だからこう設計する」ための条件です。限界を分かったうえで役割を絞れば、AIエージェントは現場の負担を確かに軽くする方向に働きうると考えます。

― 07 / 無理のない進め方

小さく始めて、現物で確かめる

最後に、現実的な進め方を整理します。おすすめは、全面導入を一気に狙わず、負担が大きく効果を実感しやすい一業務を選んで小さく始めることです。たとえば「夜勤への申し送りの下書き」や「よくある問い合わせの一次回答整理」など、対象を一つに絞ると、失敗しても影響が小さく、学びが早く得られます。

自施設のデータで試す

検証は、他所の成功事例やデモではなく、自施設の実際の記録・様式・問い合わせで行うことが肝心です。一般論として良さそうでも、自施設の様式やローカルルールに乗せると手直しが多くて使いものにならない、ということは起こりえます。逆に、自施設のデータで試して「これなら現場が楽になる」と実感できれば、その一点から横に広げていけます。効果の有無は、現場・現物での検証を通じてしか本当には分からないと考えます。

Nsightは、元キーエンス画像処理事業部で培った「現場の実データと向き合う」姿勢を軸に、医療・介護・調剤の現場に閉じた社内AIエージェント基盤の設計と、職員が自ら使いこなすためのAI研修を組み合わせて支援しています。まずはどの一業務から試すのが自施設に合うか、現状の困りごとを起点に整理するところから始めるのが、遠回りに見えて確実だと考えます。具体的な検討は、お気軽に相談するところからで構いません。

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― FAQ

よくある質問

医療・介護・調剤でAIエージェントに具体的に何を任せられますか?

記録や申し送りの下書き作成、定型的な問い合わせの一次対応の整理、シフト作成のたたき台づくり、過去の似た事例や回答の検索補助などが代表例だと考えられます。いずれも人が確認・確定する前提の「下ごしらえ」として使うのが現実的です。効果の程度は業務や施設によって変わるため、自施設の実データでの検証が前提になります。

患者・利用者の情報をAIに入れて大丈夫ですか?

病歴や要介護状態などは要配慮個人情報にあたり、一般的な外部AIサービスへ素のまま入力することには慎重であるべきだと考えます。施設内に閉じた閉域運用や、匿名化・要約したうえでの利用など、情報を外に出さない設計が前提になりえます。具体的な取り扱い要件は、個人情報保護委員会や所管省庁の最新のガイドラインでご確認ください。

AIが書いた記録をそのまま正式な記録にできますか?

AIの下書きは事実と異なる内容を自然な文章で出すことがあるため、そのまま正式記録にするのは避けるべきだと考えます。担当者が事実確認と加筆修正を行い、人が確定する工程を必ず挟む設計が現実的です。AIは記録を速く書くための下ごしらえ、最終的な責任は人が負う、という役割分担が安全だと考えられます。

クラウドを使わず施設内だけでAIを動かせますか?

施設内のサーバーやエッジ端末でAIを動かす閉域運用であれば、データを外部へ送らずに使える余地があります。ただしクラウドの大規模モデルほどの性能は使いにくいという制約はあります。記録の下書きや定型問い合わせの整理など、超巨大モデルでなくても実用に足りる業務からどこまで閉域で完結できるかを見極めるのが現実的だと考えます。

導入して本当に事務負担は減りますか?

減りうると考えますが、削減の度合いは業務内容・様式・使う人によって大きく変わり、事前に断定はできません。他所のデモではなく、自施設の実際の記録や問い合わせで小さく試し、現場・現物で確かめることが出発点になります。負担の大きい一業務から検証し、実感が得られたら横に広げる進め方が確実だと考えられます。

― REVIEWED BY
嶋野(元キーエンス画像処理事業部 開発エンジニア)
キーエンス画像処理事業部での実務経験をもとに、産業用カメラ・照明・光学系・検査装置の開発に従事し、現在はNsightの技術コンテンツ監修を担当。プロフィール詳細 →

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